かなりの私情を挟みますが伝える手段がここしかないので、お付き合い願います。
人間の脳みそや身体はコンピュータと同じ仕組みだという議論は最近盛んですが、自己考察をひとつ。
恐らく、脳みその作り自体のそれはコンピュータのそれなんだろうと思います。
少し哲学の話になればそれを主に精神だというならば、
依田先生も仰るように、精神がそれはそれはとても素晴らしいものであっても、
肉体が邪魔をして人間というものは凄く効率の悪い仕組みをしているんでしょう。
当然のことですが、頭で計算・考察して結論が出るようなことも、実際に身体を使うとあらば話は別。
疲労には逆らえません。
疲労を繰り返す毎に、本能的に怠惰の情が生まれます。
不可抗力的に学習してしまうんです。よくも悪くも。
そこが決定的に人間と機械の違いだと考えます。
恋だの愛だの、喜怒哀楽だのがどれだけ科学で証明されても、
幾ら人間構造が科学的に解明されようとも人間がロボットと同じように生きるのは不可能なんですよね。
肉体を維持するためにきっと人には怠惰の情があり、
それは人間が生きることに必要な余裕、であり、余白であって、つまりは行き当たって日本人の好きな「行間」ってやつになるのではないでしょうか。
休符があるから音符が活きるように、それが味気であり深みなんでしょう。
人間なんだから人間らしく生きて誰も咎めないし、その逆を望んでもない。
多少便利でもコストが高い。
どうせ人間の括りからは逃れられないんだから、頑張って生きましょ。
音符がカッコいいミュージシャンは休符だって自然とカッコいい。
いうてますけど。
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